短編SS

written by pool(愛)



フィーリングKOBUSI 大文字版

フィーリングKOBUSI



 何故か僕はここに居る、大半は想像通りだけど……。空はどんよりと薄暗い。
 鬱陶しく、ぱらぱらと、降る雨。小雨とも言えず、それよりも、僕の涙かと思えるほどに、やや、弱々しく、めめしく、雨が降っていた。――僕たちは、屋上に居た。
 上空から零れ落ちるモノはコンクリートに落ちると、じゅわりと昇華してゆく。僕たちの、さめざめとした気持ちとはうらはらに、熱気が立ち込めていた。大気と同じくして僕らは、温度差を感じていた。
 水分が飽和する季節、夏の始まりは、もうそこまで来ていた。
「お前……いきなり現れて何やってんの?」
 目の前に居る生徒会長が、深く溜め息を吐いた。「何もやってませんよ」と僕は返す。会長と僕の間に先輩が立っている。どちらに寄るでもなく、ただ僕らを見守っていた。三角形の角を結ぶように――僕と会長、先輩が居る。空からの生暖かい雫が、忘れた頃に頬を打つ。苛立ちがさらに増していく。
 汗がじわりと額から滲み出る。先輩はハンカチを額に当てる。僕と会長は、溢れ出す汗を拭うくとなく、睨み合っていた。僕は形だけ睨んではいるが、いい迷惑だった。――僕らには気にも止めず、そして強くもならない雨、蒸気だけは立てつづけていた。
 事の――何故か屋上に居る――発端は、会長と僕の間に見守るようにしている先輩、桐生《きりゅう》先輩と廊下で不意にぶつかってしまって、その上、生徒会室に連れて来られて執行部に見詰められる中、先輩の手を握った事だった。
 僕は廊下を歩いていると、出会い頭事故に遭った。相手は先輩だった。先輩は手に持っていた書類を廊下に撒いてしまい、僕は謝りながら先輩と共に拾い集めていた。すると、書類を取った時に先輩の手に触れてしまう。その時は、触れてしまった事を気にしながらも、書類を集めてその場を発とうと思っていた。だけれど先輩は、僕にお願いをする、手に触れたい、私の手も触れて欲しいと。ついでに……と、僕は生徒会室に連れて行かれた。
 そこに出くわせてしまったのが、生徒会長だった。よくよく考えてみても、生徒会室に連れて行かれたのだから、会長が居てもおかしくなかった。むしろ、居る確立の方が高かった。そうして、僕と先輩が仲良くしているのが嫌なのか、口惜しいのか、もしくは……僕に惚れているのか――僕らを見据える。
 会長の眼鏡はキラリと光を放ち、細く切れのよい眼が僕を威嚇する。すらりとモデルのような線の細い体つき、男の僕から見ても惚れてしまう恰好の良さがあった。
 その会長が先輩に声を掛けるが全く相手にされず、あまつさえ先輩は会長を完全に無視して、僕に告白するものだから事態の雲行きが怪しくなってきた。その日から数日経っただろうか、可愛らしい上級生から「会長がお呼びです」と声を掛けられて、屋上に強制連行される事になった。


「俺は、君と桐生の交際を認めない」
 会長の話は、とてつもなく飛躍していた。シャツのポケットに眼鏡をしまう会長は、前髪をかき分ける。
「交際といっても、僕は何もしていませんよ。いまだ先輩へお返事を出せていないんですから」
 ふーん、だから? なに? そんな表情を浮かべ、会長に凝視される。かなり鏡の中のラビリンスガマガエル、油汗がじとっと垂れる。これは相当やばいかも知れない。
 会長は手首、足首を揺らし、関節の筋肉をほぐしている。屋上に呼び出されて、この状況になるまで、まさか喧嘩をする羽目になるとは思わなかった。僕は焦って桐生先輩に身体を向ける――助けて下さい。しかし、先輩はじっと見据え、眼が勝てと言っているようだった。
「会長! どうしてですか? 一方的過ぎますよ」そう言うと、「君の気持ち等は、関係ない。桐生が君の事を好きだ、という事実が問題なんだ」会長は、モデルのような立ち姿勢で答えた。
 なんで、そんな話しになっているんだ、話が早すぎる。出来る人間は、こうまで物事が早く動いてしまうのか、困惑をあらわにしてしまった。もう、回避することは出来ないのだろうか……
 しかし――僕には、身を引きますと言えなかった。僕だって先輩のことが好きだ。先輩に何も言えないでいるのはただ、ただ自分に自信がなかっただけ。桐生先輩と並んで歩けるほど、僕は出来た男ではなかった。背丈は低い、学もない、不釣合い極まりなかった。並んであるくことも考えたくなかった。
 じゃあ、身を引けば? 自分に問いかける。――身を引くことが出来るほど、根性もなかった。逃げられないジレンマ。こんなにもハッキリしない僕が、大嫌いだった。
 今、僕は鬱になっていく。虚ろになった濁る眼を先輩へ向けた。「先輩……」と。
 吸い込まれてゆきそうな先輩の瞳に僕が映る。上下左右からプレスされたように、僕の顔は崩れていた。曇りない瞳は透き通り、僕を貫く。貫通して、全て持っていかれる。先輩は何も言わず、僕たちを見守りつづける。強い意志を感じた。
 僕は、僕と闘い、そして会長と戦わなくてはならなかった。僕は起つ、四の五の言わず起つ。発起――先輩と同等、もしくは上になるために起ち上がる。そう、燃え上がれ僕のジェラシー。
「会長! ヤル気ですよね……」
「ああ、そのために屋上までわざわざ来たんだ。桐生が俺を相手にしなくとも、高みに居る男は自然と集まって来るんだよ……女が。だが俺は、桐生が欲しい。俺の実力に、おのずと桐生と惹かれ合うはずなんだが、何故か君と惹かれ合っている。何故だか解るか? 遺伝子レベルで、君と桐生の間に何かあるんだ。それを断ち切る、それがいまなんだ。君の心を完膚なきまで、へし折る挫く壊す。いいな」
 首をコキュコキュ鳴らす会長、構えは万全だった。いつでも仕掛けて仕留めてやるからな、と聞こえてきるようだった。会長の言葉は本気だった。眼に一点の曇りが無い。本当に会長は先輩を必要としていた。
 僕はどうだろうか……「いやいや」首を左右に振り、惑いを払うように構えの姿勢を取る。そして追い込まれるように、導かれるように、思いの丈を僕は語る。
「聞いてください! 先輩、会長。僕は今まで何も出来ないまま、流されるように過ごしてきました。僕は会長や先輩のように毎日が忙しく、充実もしていません。一日を軽く過ごしてきていました。重くありません。“ここ”という場面に出合ったのが今日が初めてです。多分……いつもなら軽く流していただろうと思います。ですが、先輩と会長と出会って分かりました――ちゃんと向かい合います、先輩に会長、そして僕自身です。」
 戸惑いは、まだ心の片隅にある。でも、それがいまの等身大の僕だ。いままで適当に生活をしてきたんだ、急に先輩や会長と同じ土俵に立つのは、土台無理な話。それでいい……分かっている上で、僕に出来ることがあるはすだ。己を知った上で相手《会長》と闘うんだ。
 雨はもう、やんでいた。空を見上げると、早々に雲は風に流されて、空は蒼く透き通る。先輩を一瞥して、会長を睨みつける。
「行きますよ! 会長」
 僕は――吠えた。
「ああ、来いよ」
 ジリジリと、互いに間合いを詰める。先輩の磁場に心が惹かれるように、間合いが詰まってゆく。先輩は僕も会長も視界には入れず、真っ直ぐ前を見続けていた。


 感覚が研ぎ澄まされる、既に詰めきった間合い。後はどちらが先にテリトリーに進入するか、だった。軽く肌を打つ微風さえも、暴風に感じるほど神経は全身に張り巡らされていた。体力が擦り削られていく、会長はどうだろうか……
 軽快にステップを踏む会長とは、スタンスが正反対だった。僕は喧嘩なんてしたことはない。友人とじゃれ合って殴り合いぐらいは、したことあるけれど、本気の喧嘩は初めてだ。会長は喧嘩慣れしている感じだった。予想は小から中ぐらいの打撃力のジャブ、フック、ストレート、ローキック、ミドルキック辺りを、ヒットアンドウェイで来そうだ。懐に入ることはかなり困難といえるか、しかし入らないと、僕がサンドバッグになるだけに思えた。そうすると、僕の負けは時間の問題といえた。
 どうする。考えている間にも、ジリジリとすり足で会長のテリトリーに足が一歩踏み込んでいた。気付けば会長が僕に向かって、突っ込んできていた。
「ほれっ」
 快音を響かせながら、僕の膝にローキックが当たった。そのあと、すぐに会長は身を引き間合いを取る。また会長が来る。
「ほれよっ」
 快音。僕の腕にフックが当たる。すぐに間合いを――取る。
「ほれ」「ほれっ」「ほれ」
 殴れば引き、引いてはツーステップで一気に射程距離に入り、快音を鳴らし去っていく。この繰り返しだ。案の定僕はサンドバッグに成り下がっていた。
 しかし、五発六発と殴られていると、あることが分かった。会長攻撃は――思ったより打撃が軽い――しれていた。さすがに殴られ続けると僕はそのうちヤられるが、懐に入るのは簡単だ。殴られながら、機会を伺う。ここか……、ここか? と。
 いいように僕の体に攻撃が入るものだから、すっかり会長は調子づいていた。殴る蹴るの連打。快音を放ち続けるサウンドマシーン的な僕。それでも良かった、殴り続けた先輩の最後の攻撃を待っていた。会長の殴り疲れか、キメだと思う場面、何かの要因――絶対何か大技を持ってくるはずだ。
 ――――そこに標準を合わせればいい。
「おい、何かして来いよ。桐生が心配しているぞ」
 まるで蠅がたかるように、動き回っていた。食材は僕という訳だ。
「五月蠅いですよ会長。馬鹿の一つ覚えみたいに、ちょろちょろと」瞬時、会長の顔色が変化した。目じりがピクリと小痙攣を起こした。怒りを覚えたのか? 分からないが、何か神経に触れた。
 そこかっ! 僕は身構える。会長は一旦距離を取った。一瞬の出来事だった。テリトリーから脱出した会長はワンステップ、トンッと跳ねた途端に飛翔した。
「おらぁ」会長の気合。
「ぬん」僕も気合を入れ構える。
 左腕を上げ、上空から降ってくる会長の攻撃を受けるため準備。ジッと構えた。
 ワンステップした直後、僕に向かって放物線を描くように会長は、浴びせ蹴りに出た。――コレが会長のキメ技。ぬるりと会長が迫ってくる。――腕に力が入る。
「はぁぁぁぁああああ」
 血液が浮き上がり、静脈が青白く盛り上がっていく。来い、来い。神経がピリピリと弾け飛びそうだった。全身の毛細血管が引き千切られる感覚にとらわれる。「くはぁあ」脳から与えられるイメージが、既に可笑しい。会長に、捨てる気で差し伸べた腕の筋肉がブチブチと千切れる映像。グルグルと流れる。
 何だ、何だこれは! 僕の右手が、やわらかな膜に覆われていく……次第に力が込み上げる。「あががががが」何もかもが必死だった。
「終わりだ、ガキ」
 会長の声。見上げれば、宇宙《そら》に浮かぶ母――太陽――と一直線になった会長の踵が降り落されていた。逆光に覆われる会長に顔は、凄まじく決まっていた。格好良さが際立つ。――僕は会長にすら惹かれていた。脳が溶けそうだ。
 ――――ごりぃ……めり込んでいく踵。が、既に神経が麻痺していたのか、全く何も感じられなかった。スローモーションのように倒れこんでいく会長の身体から、母が笑顔を出した。すかさず、がら空きのボディーに向かって、右手の拳を放つ。
「そこまで!」
 ノーガードの会長のどてっ腹に渾身のボディブローを抉り込む――しかし、手が動かない。動かなくなった。もうそこまできているのに……僕の拳が前に出ない。
「いいよ、もう。勝負あったから」
 肩から砕けるように、会長はコンクリートに叩きつけられていく。僕は追い討ちをかけないと勝てない! 動け、動け! どうして動かないんだ。
「この手は、人を殴る為にあるんじゃないよ。優しい気持ちにさせる為にあるんだよ」
 耳元で先輩の声が聞こえた。気が付くと、先輩は僕の拳を握っていた。え? 信じられないが、先輩の細く美しい手にも鮮やかなブルーが包み込んでいた。
「先輩……」
 この群青にも似た、透き通る蒼が、僕をぐいぐいと引き付ける。そうして先輩に惹かれ、深みにはまっていくようだった。
「ほら、しゃんとして」そういわれ、僕は直立に立たされた。ポンポンと僕の両腕を叩きながら「勝負あったよ」と、先輩に頭を撫でられる。
 そうして、うっすらと笑みを浮かべながら、「桐生でいいよ」と見つめられる。
「あっ、はい」
 そうして、先輩はくるりと向きを変え、会長の元へ行く。直前に制止して、思い切り頭を下げた。「そういう事なので、会長すみません。失礼します」深々と頭を下げた先輩はゆっくり頭を上げて、僕に向かって駆けた。
「ほら、一応会長の顔立てないといけないよね、本当は初めから君だったんだよ」
 と微笑んだ。思わず――
「ハイ、急ですが、僕から言わせてください。桐生先輩、中学の頃から好きでした!」
 僕も思い切り頭を下げる。驚いたように額に指を当てる。そうして、僕の腕を取り歩き出した。さっき会長の踵を受けた左腕を擦りながら、僕の頬に手を置く。
「こっちの手は普通なんだから、無理をしちゃあ駄目よ。危うく折れるところだったよ」
「そうなんですか? 初めから捨てるつもりでしたから、いいんですけどね」
 と苦笑した。
「惚れ直した、素敵だぞ君は。ちゅうしてやろう」と、先輩に抱きつかれた。僕は「いいですよ、こんな所で」恥かしいので断ったのに……
「誰も見ていないよ」と唇を奪われた。
 腕を組みながら屋上の階段室につく頃、僕は唇を奪われて悔しいから「会長が見ていましたよ」と先輩に告げる。
 またほほえみながら「馬鹿だなぁ、折角勝ったんだから見せつければいいんだよ」と言って、僕のお尻を叩いた。
 後で聞いた話によると、膜が貼った拳で会長を殴っていたら、死んでしまっていたらしい。それを覚醒っていうらしい。あの――初めて先輩に手を握られた――時、遺伝子レベルで惹きつけられたらしい。焦って会長のしたことを考えると、男の僕は……少し胸が痛かった。




あ〜……れ? SFですかぁっ!? さすが pool(愛)さん侮れない!w

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2006-02-09 作成 - 2006/10/12 更新
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