R15指定 長編SS
第二章 第一話 -通算 第二十話-
第二十話 小文字版
NEO UNIVERSE -I-
20-01
空 「いきなりですが、大晦日です」
時は夕食後。
リビングのソファでくつろぐという、安穏とした空間に重く圧しかかる沈黙。
記憶が確かならば、冬が近づいてきているという設定だった気がするんだが……
夏海「仕方ないわねぇ。私は掛け布団持ってくるからテーブルの留め金外しておいて」
何の疑問も持たなかったのか、夏海は立ち上がるとリビングから出てゆく。
クーはテーブルの下に手を伸ばし何かしているようだ。
公人「え〜と、確か──」
空 「言いたい事は分かります。しかし、言葉に出してしまっては全てが台無しになる
事もあるのです。 ……公人さん、テーブルの天板を取り外して頂けませんか?」
夏海「大人の事情ってヤツなんだから文句言わないっ! 分かったらさっさと取り外し
なさい」
そう言われては何も言えないので、仕方なく二人の言葉に従い天板を取り外す。
クーはテーブルの収納トレーから電源コードを取り出すとヒーター部に差し込む。
部屋の雰囲気に合ってるかは別問題として、これは確かにコタツテーブルだった。
二人は黙々とテーブルを覆うように掛け布団を広げ、天板を元に戻した。
ソファ用のコタツテーブルにはミカンと落花生、緑茶が整然と並べられる。
テレビに映るのは大晦日を象徴する国民的対決番組。
完璧だ。完璧に大晦日を演出している……
公人「あ〜、夕食後に──」
夏海「無駄口は叩かなくていいわ。
夕食は蕎麦だったの、年越し蕎麦。あんだすたん?」
空 「美味しいお蕎麦でした。健康にも良いので、何も問題ありません」
公人「りょ、りょうかい……」
20-02
テレビを見てあはは〜と笑う夏海に、静かに緑茶を飲むクー。
言ってはなんだが、あからさまに不自然な空気だ。
夏海「……これくらいで大晦日の雰囲気出たかしらねぇ」
空 「問題ありません。私は日本の大衆文化を肌で感じました」
公人「ホントか? お前らホンキで言ってる?」
クーはミカンを丁寧に剥きながら口を開く。
空 「はい。これこそ日本が誇る伝統。由緒ある大晦日の過ごし方です」
夏海「そういったものに興味ないから、実際にはどうなのか知らないけど」
我関せずといった風情で落花生を手に取る。ぱきっという音を立て殻を割り、渋皮を剥く。
この空気はよく知っている空気だ。俺の中にある何かが逃げろという警告を発し続ける。
公人「……さて、風呂にでも──」
立ち上がろうとしたが、両側からガッチリと腕を押さえ込まれる。
夏海「クー、確かお風呂には入ったわよね?」
空 「はい。三人とも早い時間にお風呂を済ませています」
公人「いや、俺は知らな──」
両肩に伸ばされた手が俺をソファに座り直させる。
夏海「今日の公人は調子悪いみたいね。
ベッドの中でたぁっぷり看病してあげるべきだわ」
空 「確かに少し混乱しているように見受けられます。是非とも──」
公人「いやっ、俺の勘違いだった。今年は初日の出見るぞ〜〜」
座り直した俺の口元に、クーはミカンを一房差し出してくる。
空 「美味しいですよ。どうぞ食べて下さい」
夏海「公人は体調が悪いのかも知れないし──」
公人「美味しそうなミカンだなぁ〜。頂きま〜す」
夏海の策略には乗らない。
クーが手にしたミカンを食べる。
さっぱりした甘みとほのかな酸味が口の中に広がる。
空 「まだまだたくさんありますから遠慮せずに食べて下さい」
そして当然の如く反対側から響く破砕音。
夏海「落花生も美味しいわよ、公人」
20-03
まろやかな香ばしさ、甘さと酸味の見事なハーモニー……
公人「って、同時に食べて味わえるか────っ!」
クーは俺を抱き締めるように引き寄せると、夏海をにらむ。
空 「夏海、邪魔をしないで下さい。私は公人さんに味わって食べて頂きたいのです」
夏海「あら〜、対抗してどんどん口に放り込んでるのは、クーも同じじゃな〜い。それに
一緒に食べたところで味わおうとする心があれば問題ないわ」
この瞬間、誰が一番問題のある人物なのか判明した。
クーに向き直り、真剣な表情でその瞳を見つめる。
公人「クー、俺が今何をしたいか分かるか?」
空 「当然です。公人さんの事であれば、何であろうと手に取るように分かります」
そう言うと俺の頭と背中に腕を廻して引き寄せ、強烈なディープキスをしてくる。
違う! 俺が言いたいのはそういう事じゃないっ。
夏海「クー、公人が嫌がってるじゃないっ。放しなさい!」
力任せに俺を引き寄せる。
あっさりと手を離し立ち上がると、ソファを回り込むクー。
行動の真意を理解して、夏海を引き寄せつつクーが座っていた場所に滑り込む。
夏海「え、何? 二人して何してるの?」
クーは夏海の座っていた席に腰かけ、ミカンを剥きだす。俺も落花生の殻を剥く。
空 「夏海、美味しいミカンです。味わって食べて下さい」
公人「落花生も美味しいな。楽しんで食べてくれ」
左右を伺いながら軽く青ざめる夏海。
公人「まだ始まってもいない。存分に味わってくれ」
夏海「ごめん、もう無理……」
空 「もうこのくらいで充分でしょう。夏海も反省しています」
夏海は口を押さえながら涙目で訴えかけ、こくこくと頷く。
クーは立ち上がり、先程とは逆回りにソファを回り込むと、なぜか俺の膝上に座る。
空 「公人さん、お役に立てたご褒美はないのですか?」
そう言って首に腕を廻してくるクーに言い知れない恐怖を感じた……
20-04
夏海「私にここまでの事をしておいて、自分だけ美味しい目をみようなんていい度胸
じゃない」
夏海はクーの足を引っ張り、膝上から引きずり下ろす。
空 「今の状況を見て、私に構っている余裕なんてあるのですか?」
公人「わかってるなら腕を離せ────」
首に廻されたクーの腕によって、俺までが半分倒れたような状態になっていた。
しかも首を放してくれないため、クーの胸に軽く顔を埋めるような感じでだ。
深夜の街に、梵鐘の音が荘厳な余韻を残しながら響き渡る。
夏海「……クー。全面的に許すわ」
公人「許すな────っ。ほら、除夜の鐘! 今年一年の罪を懺悔して煩悩を──」
空 「私の煩悩は全て浄化されました。
今、私は清浄なる心で公人さんを求めています」
夏海「除夜の鐘ごときで私の煩悩を取り除こうなんて甘いわね」
そう言うと夏海は、俺の脇の下に腕を差し入れて引き寄せる。
前門のクー。後門の夏海。このままではホンキで襲われかねない……
公人「いや、俺の煩悩は除夜の鐘で払えるし、煩悩に飲まれる気もないからっ」
空 「公人さんの煩悩は私が全て引き受け、私の中で昇華させますので安心して
下さい」
夏海「私は公人となら欲望の深淵に堕ちても後悔しないわよ〜。
というか、堕ちなさい」
滅茶苦茶な言い分で詰め寄る二人。こうなると手が付けられない。
公人「ほら、こういう事は恋人同士で行うべきで──」
空 「公人さんは私の事が好きで、抱きたいと言いました。
私にも同じ欲求があります」
夏海「いまだに私かクーか選べないって事は〜、私の事も好きで抱きたいって事よ
ね〜〜。
責任取れなんて言わないから安心しなさい。
責任取るのは公人を虜にする私だし」
やばい。二人とも欲望全開モードに入ってる…… 俺の貞操の大ピンチ。
公人「二人に──」
夏海「そろそろ年も明けるのね。『一年の計は元旦にあり』と言うし、少しくらい強引に
関係を進めてしまうのもいいかもね〜」
空 「その提案、受けて立ちましょう」
二人とも俺の意見なんて聞く気がないし……
20-05
効果があるか分からないが、最悪の事態だけは避けなければ。
公人「クー。俺のことは好きか?」
空 「当然です。公人さん以外に興味はありませんし、公人さんだけを愛しています。
望まれれば何でもして差し上げる覚悟はできています。
何なりと言いつけて下さい」
夏海「クー、騙され──」
公人「俺のことを一番に考えてくれるクーは大好きだよ。しかし、キス以上の事は俺
自身の気持ちが固まってからにしたいんだ。分かってくれ」
空 「はい。公人さんがそう言うのであれば仕方がありません。今年はキスで我慢
します」
そう言って柔らかく唇を重ねてくる。軽く髪を撫でながらそれに応える事にした。
夏海「クー。そんな甘言に騙されてどうするのっ。公人は一時凌ぎに言ってるだけ
よ!」
公人「騙してなんかいないぞ。俺は二人以外に好きな女いないし、その気持ちが
はっきりするまで待って欲しいと言ってるだけだ」
夏海の腕の中から引き寄せると、クーは俺を胸に抱き入れる。
空 「公人さんの言葉を信じられないのであれば、勝負は決まったようなものですね。
相思相愛なのは私です。今後、夏海より優先的に扱って頂きます」
夏海「そんな事させると思ってるの! クーと私、どちらが公人に相応しいかはっきり
させる必要があるようね」
火花を散らし、今にも争い出しそうな二人をなだめる。
公人「クーと同じくらいに夏海のことも好きなんだから、争う必要ないだろ」
夏海「じゃぁ、私の事も大好きなのっ!?」
射すくめるような眼差しで睨みつけてくる夏海。アナコンダに睨まれたカエル状態。
公人「……大好きです」
夏海「仕方ないわね。優しくキスしてくれるなら今年は許してあげるわ」
クーから奪い取るように引き寄せられ、ゆっくりと、だが激しく唇を貪られる。
テレビから新年を迎えるカウントダウンが始まり、年が明けた。
空 「明けましておめでとうございます。昨年はキスで我慢しましたが、今年はキス
以上の行為を期待します」
にこやかに微笑むクー。そして夏海は悪魔の微笑みを浮かべていた。
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