R15指定 長編SS

陸海空 -Caress of Venus-

第一章 第十二話 -通算 第十八話-

第十八話 大文字版

Promised land -II-



18-01

 裏口を抜け、喫茶店『せしる』に入る。
 物音に気付きそちらに目を向けると、開け放された入り口の向こうでマスターが器具
の点検をしていた。
益田「公人君、おはよ〜」
公人「おはようございます。一体何をしてるんです?」
益田「クーちゃんが今日からバイトに入るからね〜。普段使ってる器具だけじゃ足り
    ないだろうと思っての点検作業だよ」
 そう言って作業を再開する。

益田「それでね〜。公人君にはクーちゃんの手伝いと倉庫整理を主に担当して貰おう
    かと思うんだけど、それでいいよね〜」
公人「断る理由もないですし。実際、それくらいしか出来る仕事ないんじゃないです
    か?」
益田「夏海ちゃんは今まで通り接客。クーちゃんには厨房でケーキ類を作り置きして
    もらう。そうなると仕事ないよね〜」
 あはは〜と無責任にも笑いだす経営者。
公人「いい加減ツッコミ入れるのも疲れてきましたよ……」

益田「生地作りとかってね〜、力を入れ過ぎないようにしつつも同じ動作を繰り返す
    わけで、結構難しいんだよね〜。
    倉庫整理で基礎体力を付けて、生地作りで力加減を覚えてもらおうかな〜、と」
公人「つまり、バイトの名を借りた訓練って事ですか?」
益田「敏捷性やバランスも鍛えてもらいところなんだけど、順番にこなした方がいい
    かな〜」
公人「喫茶店の仕事が特訓っていう正義の味方は、世間的にどうなんですか?」
益田「地域密着型で好感がもてるよね〜」
公人「聞いた俺が間違ってました……」
益田「う〜ん。バイト、アルバイト…… そうだ、覆面ドライバー・アルブってどう?」
公人「由来が微妙ですが、俺の意見は多分反映されないので構いませんよ……」



18-02

 ほどなくしてクーと夏海が出勤してきた。
 マスターは菓子作りに対する簡単な説明をクーに指示する。
 どうやらクッキーやスコーン、マフィンなど、軽めのモノを大量に作る作戦らしい。
益田「まずはお試しセットって感じで出してみるから。足りない材料とか器具があれば
    用意するから言ってね〜」
空  「はい。クリームなども手作りして構いませんか?」
益田「クーちゃんの好きにしていいよ〜。公人君、彼女のサポートお願いね〜」
 マスターはあはは〜と笑いながら、つかみ所のない態度で去ってゆく。

 クーの指示に従い材料を用意する。
 店に出すだけあって揃える量も半端じゃない。これは流石にクー一人じゃ準備できないと実感する。
空  「生地を作りますので、公人さんは私のする動作を真似る事から始めて下さい」
 教えながらというのもあるのか、普段よりゆっくりした動作で準備を進める。
 一つ一つ的確な説明を加えつつ材料を混ぜる。

空  「生地をこねる際には力加減に気を付けて下さい。ここで出来が決まると言っても
    過言ではありません」
公人「りょ〜か〜い」
 クーの手の動きを観察しながら、同じように生地をこねてみる。
空  「少し力が入りすぎていますね。手はそのままで、力を抜いて下さい」
 そう言うと俺の手の上に左手を添え、そのまま生地をこねだす。
公人「え…… ちょっ──」
空  「今は気をそらさないで生地に集中して下さい」
 そう言われても、クーの小さく柔らかな手が、絶妙な力加減でマッサージしてくるような感じを受け、集中できるものではない。
空  「では、一人で生地をこねてみて下さい」
 先程の力加減を思い出しながらこねてみる。
空  「力が入りすぎているようですね。 ……今夜、私の身体を使って練習しましょう」
公人「できるか、馬鹿者」



18-03

 その後もこちらに指示を出しながら、テキパキと無駄のない動作でクーは作業を進める。
 今すぐ用意できない物は市販品で代用するとの事だが、明日以降は全て手作りにすると言って、それらの仕込みも同時にこなしてゆく。

 厨房はオーブンから漂う香ばしい香りで満たされ、菓子は次々とトレーに取り出されてゆく。
 その香りに引き付けられたかのように夏海が顔を覗かせた。
夏海「そろそろ出来上がった〜?」
空  「はい。まさに二人の愛の結晶です」
夏海「むっ」
 夏海はクーの台詞に唇を尖らせる。
 クーは一つだけ形の違うクッキーを摘むと口元に差し出してくる。ハート型だ……
空  「どうぞ、食べてみて下さい」
公人「ぁ、あはは〜、ありがとう……」
 サクっとした軽い歯ざわりで、適度な甘みが心地よい。
夏海「まったく、真面目に働きなさいよねーっ」
 夏海はクッキーを一つ摘むと口に放り込む。クーが止めようとしたが間に合わない。
夏海「っ〜〜! ……ぁ、あちゅい」
空  「夏海。その辺りはまだ冷めていません」

 一段落つき、トレーに並べられた菓子類を手にするとクーは厨房を出てゆく。
 そして店側から漏れるどよめき。
 あ〜〜、クーが運べば当然だよなぁ。

 いくら作ってもストップがかからない。ホントにさばき切れているのか不安になるが、手際よく菓子を作り続けているクーの足を引っ張らないためにも生地をこねる。
 幾度目かの往復をくり返したクーが夏海を連れて戻ってきた。
夏海「疲れた〜〜。ま〜さ〜と〜〜、きゅ〜け〜〜」
空  「フロアは私が受け持ちますので、公人さんは夏海と休憩してきて下さい」
 忙しければ手伝うよ、と言おうとしたところ、笑顔のクーに止められる。
空  「福利厚生です」



18-04

 事務所兼控え室といった風情の部屋に置かれたソファセット。
 その上で押し倒されたような格好で夏海に抱き付かれていた。
公人「……夏海。その格好って疲れないか?」
夏海「充電中〜〜。ん〜、このまま時間を無駄にするのも悲しいわねぇ」
 上半身を放し、ティーセットとともに用意してきたクッキーを唇で軽く咥えると、顔を寄せてくる。
 ん〜〜と、のどを鳴らし唇を突き出す。
公人「もしかして。食べろ、と?」
 こくこくとうなずく夏海。
 じわじわと近づいてくるクッキー。
 なかば諦めて夏海の頭を固定すると、唇が軽く触れるところでクッキーを割る。

夏海「むぅ〜。条約違反だ、責任者出せ〜〜」
公人「なんだその条約って」
夏海「公人は福利厚生要員。私が凄い事しださない内に素直に従いなさい」
 夏海は軽い口調で言い放つが、これまでの度重なる 悪行 実績ある女王様だ。
 背筋を凍らせるだけの威力がある発言に、俺は心の底から戦慄する。
公人「……ホントに凄い事しないだろうな?」
夏海「私を信用しなさい。それとも、クーおねぇさんも呼んできた方がいいかな〜?」

 哀れな子羊たちが神にすがりたくなる気持ちをまざまざと体験した三十分。
 恋人同士であれば、甘く心躍るひとときとなるだろうが、心を決めかねている俺にとって悪魔の誘惑に耐え抜かなければならない責め苦に近い。
 人の胸の上で至福の表情を浮かべる悪魔。そこにノックの音と共にクーが入室してくる。
空  「夏海は休憩して、だいぶ回復したようですね」
 いくら親友だとしても、ライバル関係にある相手を気遣うとはどこの聖女だ……
 夏海は身体を起こし軽く唇を触れ合わせると、ソファから立ち上がりクーに話しかける。
夏海「公人のおかげで急速充電できたからね〜。
    ところで〜」
 この三十分をダイジェストで説明する夏海に、感嘆の声を上げるクー。
空  「二人で食べるにはクッキーが足りませんでした」
 涼しげに宣言するクーを夏海と共に引き止めた。



18-05

 雛鳥にエサを与える親鳥の心境というモノを感じた。
 与えても際限なく要求してくる唇。
 夏海と違い上限のないクーの場合、要求がエスカレートする事は少ないが、止めなければいつまでもキスを求め続けてくる。
 あっちが魔女でクーが悪魔なのかも知れない……
 これ以上要求に応じていると理性が持たなくなるので、クーの頭を胸に抱きかかえると少し強めに抱きしめる。
 不満げな声が聞こえるが、しばらく頭をなでていると頬をすり寄せるように抱き付いてくる。
 こうしてると可愛いんだけどなぁ、と行為がエスカレートしないことを祈り続けた。

益田「お疲れさま〜。また宜しくね〜」
 バイトも無事終了し、マスターに見送られながら車に乗り込む。
空  「アルバイトというのも楽しいものなのですね」
夏海「クーにとっては誰にも邪魔されず、公人とイチャつけるのが楽しいんでしょ」
空  「はい。それが一番の理由ですが、お菓子作りも楽しいです」
公人「俺は疲れた。特に精神的な理由で……」
夏海「そんな可愛いこと言ってると、おねぇさんが二人がかりで癒しちゃうわよ〜」
空  「今日は公人さんに癒して頂けたので感謝の気持ちを込めて──」
公人「いやっ、今の二人の想いを知って癒されきりました! もう元気っ!」

 車を巨大ガレージにしまい、屋敷の玄関ドアを開く。
夏海「おかえりなさい、公人。遅かったわね」
空  「そうですね。待ち侘びましたわ、公人さん」
 嫌な予感を感じつつ目を向けると、そこにはゴスロリで身を包んだ二人がいた……
公人「え〜と、ただいま?」
夏海「言葉がなってないわね。『ただいま帰りました、お嬢様』でしょ?」
空  「夏海、厳しくするだけでは公人さんが萎縮してしまいます」
 カツカツと靴音を鳴らして歩み寄るクー。って、編み上げブーツまで履いてるし!
 俺の手を取ると胸元に引き寄せ、耳元に囁く。
空  「おかえりなさい、公人さん。今日は疲れたでしょう」
公人「……昨日のボンネットで大体予想はついてた。でもな、室内でボンネット被るな」





作者注
ゴスロリ  :ゴシック&ロリィタの略語。18世紀英国に端を発するゴシック文学と、
        ロリィタを融合させたムーブメントであり、どちらかといえばビジュアル重視
        のファッション。
        ゴシック文学に見受けられる壮厳・享楽・退廃・吸血など、ネガティブな
        イメージが見受けられ、ロリィタ趣味とは相反する属性を持つ。
        ロリィタパンクと似たアプローチ方法だが、スタンスが全く違うので注意が
        必要。
ボンネット :襞付きの布で縫製したあご紐の付いた女性・子供用の帽子で、額を出し
        顔を縁取るように被る外出用の帽子。
        ゴスファッションとしては髪飾りとしてリボン、ハット、ボンネットを好む傾向
        がある。




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2006-02-09 作成 - 2006/10/12 更新
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