R15指定 長編SS
第一章 第十話 -通算 第十六話-
第十六話 小文字版
ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE -II-
16-01
ソファに座って紅茶を飲む。
夏海は夕食の準備、これはまぁいいだろう。
問題は隣でしな垂れかかっているクーだ。
空 「ご主人様、私も紅茶が飲みたいです」
え〜と、メイドって何だっけ?
公人「普通はメイドというと接待する方じゃなかった?」
空 「申し訳ありません、ご主人様。私が右手を怪我していなければ……」
そういう台詞は頬をすり寄せながら言う台詞じゃないと思う。
俺はキッチンから聞こえる荒々しい物音が幻聴だと祈りつつ、クーに紅茶を飲ませてあげた。
夕食の準備が終わり、ダイニングテーブルに並んで座る。なぜか横一列に。
夏海「ご主人様のために、丹精込めて夕食をご用意致しました。どうぞ召し上がって
下さい」
公人「……夏海、あまり難しい単語使うと知恵熱出すぞ?」
夏海「ホホホホホ、ご主人様ったらご冗談が過ぎますわ〜」
ギロリという表現は、今の夏海のために用意されていたのではないかと思うほどの視線を向けてくる。
冥土さんだ……
頂きます、と箸に手を伸ばそうとしたところに横から差し出される料理。
夏海「さ、どうぞお召し上がり下さい」
公人「……ありがとう」
爆発寸前の夏海に逆らえず、食べさせて貰う。
夏海「いかがですか? ご主人様」
公人「美味しい……」
夏海「ご主人様にお褒め頂いて嬉しいですわ〜」
空 「…………」
挑発するようにクーを見る夏海。クーは横から皿を滑らせる。
空 「申し訳ありませんが、右手が使えないので食べさせて頂けませんか?」
と、にっこり微笑んだ。
16-02
夏海「…………」
何故だ。メイドさんに挟まれているにも関わらず、不思議と緊迫感溢れる食卓。
箸で料理を摘むとクーに差し出す。それを嬉しそうに口にする。
空 「とても美味しいです。ご主人様の愛が伝わってきます」
反対側から聞こえるパキッ、という音は聞かなかった事にしよう。
つぅか、した。
夏海「申し訳ありません、お箸が割れてしまいましたわ。私にもご主人様の手で食べ
させて頂けませんか?」
若干の震えを含んだ声に拒否する言葉が出せない俺。
恐る恐る料理を夏海の口に運ぶ。
夏海「ご主人様の心が伝わってきて身も心も蕩けそうです」
そう言ってしな垂れかかってくる。
空 「夏海、ご主人様の手を煩わせるなんてメイドとして失格です」
夏海「右手を怪我して自分で食べようとしない駄メイドには言われたくないわね」
俺を間に挟んだまま火花を散らす二人。
公人「ちょっ、ケンカするなって。二人とも公平に扱うからお願いします……」
見つめ合い協定を結んだっぽい二人。同時に口を開ける。
空 「あ〜〜ん」
夏海「あ〜〜ん」
メイドにご飯を食べさせてあげるご主人様になっていた……
今日も昨日と同様にソファに腰掛け、何となくテレビを流している。
公人「え〜と、二人ともテレビ見てる?」
空 「テレビに興味はありません」
夏海「ただのBGMくらいにしか思ってないわ」
両腕にメイドさんをぶら下げてくつろぐというのは、『それなんてエロゲ?』って言われるくらいに直球な男の夢だと言えよう。
だが、これは何か間違っている。
何かしようと行動を起こす前に阻止。お互いに一歩も譲らない状態の二人に腕を掴まれ移動することも適わない。
萌えメイドに挟まれているにも関わらず、精神的に癒されない。
16-03
公人「はぁ…… 風呂入ろ」
その台詞に超反応で答える二人。腕を引っ張られ無理矢理立ち上げさせられる。
空 「私はいつでも準備万端です、ご主人様」
夏海「お身体を隅々まで洗って差し上げますわ、ご主人様」
公人「…………いや、一人で入れるから」
空 「遠慮などなさらなくて結構です。その為のメイドですから」
公人「不思議と萌えメイドに囲まれて癒されないというか、疲労が増すというか……」
沈黙。夏海は軽く俯くと妖しげな笑いを浮かべる。
夏海「ふふふ… 癒えぬなら墜としてしまおう萌えメイド」
クーは夏海を伺い、軽く首を傾げてみせる。
空 「ふむ… 癒えぬなら癒してみせよう萌えメイド?」
夏海「さ、お風呂の準備は整っております。参りましょう」
引きずられるように脱衣所へ連れ去られた。
二人に服を脱がされそうになり、自分で脱ぐからと頼み込んで何とか解放された。
で、現在湯船に浸かっているわけだが、前回の事もあり不安は隠せない。
空 「ご主人様、お待たせ致しました」
夏海「さ、こちらにお座り下さい」
二人はメイド服のままで現れる。
流石だ、ちゃんと理解している……
公人「断固として上半身のみでお願いします。これ、ご主人様め〜れ〜」
命令と言えない不思議な関係。
不満の声を上げつつも役割分担を相談しあう二人。
今回はクーが右手を怪我している事もあり、前回と逆にするらしい。
空 「ご主人様、手を差し出して頂けますか」
そう言って腕から指に至るまで念入りに洗い出すクー。
左手で洗うため、少したどたどしい動きだが丹念に洗ってくれている。
夏海「では背中から洗いますね〜、ご主人様〜」
そう言うと豪快にお湯をかけてくる。
一体どこに用意していたのかと思うほど大量に……
16-04
頭から滴り落ちる水滴を払いながら、後ろを振り向き夏海を睨む。
夏海「あはは〜。かけすぎた?」
公人「見れば分かるだろ……」
空 「夏海…… 暴れすぎです……」
怒りを含んだクーの声。恐る恐る振り向くと、全身ずぶ濡れのクーがいた……
バストを強調した萌えメイドタイプで、胸ぐりの大きく開いたラウンドネックブラウス。
当然ブラウス越しにブラが透けていた。
公人「夏海と言う伏兵の存在を忘れていた……」
絶対にありえないだろうと思っていたピンポイント攻撃に軽い眩暈を感じた。
空 「大丈夫ですか、ご主人様!?」
脱力した俺が倒れるのではないかと心配したクーが、その格好のままで抱き付いてくる。
公人「うわっ、大丈夫、大丈夫だから離れてっ!」
空 「ですが、今にも倒れそうな感じでした。今ものぼせたように顔が上気しています」
メイド服+ずぶ濡れ+上目遣い=瀕死確定。
夏海「…………」
既に降伏寸前の俺の耳に盛大な水音が届く。目を向けると夏海もなぜかずぶ濡れだった。
夏海「手が滑っちゃった〜」
てへっ、とでも言い出しそうな表情を浮かべつつ近づいてくる。
公人「貴様…… 謀ったな……」
夏海「そんな事はありませ〜ん。
私は常にご主人様の喜ばれる姿を見たいだけです〜」
そう言ってボディシャンプーを服にかけ泡立てる。
先の展開が読めた俺は立ち上がろうとする。
公人「クー。頼む、放してくれ」
空 「まだ洗い終わっていません。それにそんな状態で立ち上がったら危険です」
色々と勘違いしているクーを離そうとしたが、時既に遅く耳元に囁く声。
夏海「準備できましたわ〜。ご しゅ じ ん さ ま」
そう聞こえた瞬間。背中に擦り付けられる、ぬめる布越しに感じる柔らかな感触。
頭の中で閃光が瞬いた。
16-05
最後の理性を振り絞って二人を引き離すと湯船にダイブ。
空 「泡を落とさずにお湯に浸かるのは感心しません」
公人「そういう問題じゃねええぇぇぇぇえぇぇーーっ」
夏海「せっかく極上のサービスしてあげてるんだから途中で逃げないでよね〜」
脱力して水面下に沈みそうになる。
公人「それが問題なんだ。 ……二度と一緒に入らない」
不満の声を上げる二人は完全無視。こんな事じゃ次回は理性が崩壊する……
脱衣所に戻ると服を着込み、よろけつつも部屋に戻ってベッドに倒れこむ。
そういえばこの部屋って全然使われてないよなぁ、と微妙に冷静な感想を漏らした。
二人が着替えを用意していなかった事に気付いて、タオルケットを手に脱衣所へ。
公人「風邪ひくといけないから、タオルケットここに置いておく」
返事は待たずに部屋に戻る。
ベッドに横になってボーっとしているとドアをノックする音。
空 「公人さん、ごめんなさい……」
夏海「ごめんね。ちょっとやりすぎたかな?」
公人「こんな事が続いたら理性が持たない。少ししたら荷物まとめて出て行くから」
空 「そんな…… 一体どこに行くつもりですか」
公人「住む場所が決まるまでは車の中ででも生活するし」
夏海「こんな時期に車上生活なんて出来るわけないじゃない」
公人「理性で本能を抑えられる内に出て行くしかないだろ」
空 「公人さんは私達のことは嫌いですか?」
公人「嫌いだったら突き放せばいい。好きだから対処できないんだよっ」
重苦しい空気に耐えられず、ベッドから立ち上がると荷物をまとめ始める。
空 「公人さんが出て行くというのであれば私も付いてゆきます」
公人「それじゃ俺が出て行く意味ないだろ。迷惑だ、来るな」
空 「……では公人さんの迷惑にならない場所で、見守り、続け……ます」
クーは微かに震えながらも言葉を紡いでいく。
16-06
夏海「だから、こんな時期に野宿とか無理だって…… クー、大丈夫?」
空 「私は、公人さんが…… さえいれ、ば…………」
徐々に震えが大きくなり、言葉を発する事も困難になりつつあるクー。
夏海はクーを抱きとめるとなだめようとする。
夏海「クー、大丈夫だから。公人が消える訳じゃないんだから安心しなさい」
尋常じゃないクーの状態を見て駆け寄ると、倒れないように抱きとめる。
クーは俺の腕を掴み何か言っているようだが、既に言葉として理解できるものではない。
公人「クー、しっかりしろ。大丈夫なのか?」
ふ、とクーの身体から力が抜け倒れ込む。気を失ったクーを何とか支えた。
夏海「ちょっと、クーっ。 ……公人、クーをベッドに」
脱力し切ったクーを何とか抱えベッドに横たえる。
夏海「まったく、そこまで思い詰めるなんて馬鹿なんだから……」
公人「クーは一体どうしたんだ」
夏海「アンタに拒否されて不安定になっただけでしょ。それよりも公人、こんな状態の
クーを置いて出て行くつもりなの?」
公人「……そんな事するわけないだろ」
夏海「だったらクーを抱き締めて逃げないようにしなさい。 ……違う、前から!」
ベッドに横になって夏海の言うとおりにクーを前から抱き締める。それを確認すると夏海は部屋の電気を消し背中に抱き付いてくる。
公人「夏海まで抱き付いてくる事ないだろ……」
夏海「ふん、一緒にお風呂に入らなければいいんでしょっ。これくらい我慢しなさい」
クーを見ると震えも止まり呼吸も安定している。
公人「クーは大丈夫なのか?」
夏海「そんなの私に分かるわけないでしょ。たぶん脳内麻薬の欠如による失神じゃ
ないの」
そんなの言われても分からないんだが、俺の胸に抱き付いて寝息を立てるクーを見る限り問題ないような気もする。
夏海「私も公人越しにクーを抱き締めておくから安心して寝なさい」
前後から抱きしめられて寝られるほど、俺はこの状況に慣れてはいなかった。
前頁へ
次頁へ
|