R15指定 長編SS

陸海空 -Caress of Venus-

第一章 第四話 -通算 第十話-

第十話 大文字版

fate -I-



10-01

 静かな音楽が流れる喫茶店。そのボックス席に三人は座っていた。
公人「クー、少しは落ち着いた?」
 こくん、と頷くクー。あまり立ち直ってはいないようだ。
夏海「紅茶でも飲んで嫌なことは忘れなさい」
 長い沈黙。
 それでも紅茶に手を伸ばす努力をするが、傷口が傷むのかティーカップを掴んで軽く顔をしかめる。諦めて左手で紅茶を飲み始めた。
 たとえ少しでも自発的に行動し始めたクーを見て、胸をなでおろす夏海。
公人「ほら、クッキーも食べて」
 これはマスターが追加で持ってきてくれたものだ。

 手を伸ばさないクー。俺はクッキーを一つ摘むとクーの目の前に持っていく。
公人「あ〜〜ん」
 されるのも恥ずかしいが自分でするのもかなり恥ずかしい。
 しかもマスターがいるし……
 だからと言ってここで引くわけにはいかない。
 クーはこちらを一度見つめると口を軽く開いた。
空  「……あ〜ん」
 そのまま口元へ運ぶとクーはクッキーを半分くらいかじる。
公人「美味しい?」
 クッキーを飲み込み頷く。
空  「はい、とても美味しいです。多分、今までで一番美味し……」
 つー、と一筋の涙がクーの頬を濡らす。夏海はハンカチを取り出すと涙を拭き取る。
夏海「いくら美味しくても涙流すほどのモンでもないでしょ」
公人「おいおい、マスターに悪いだろ……」
益田「ははは、いいんだよ。夏海ちゃんが作るクッキーには及ばないからね」

 クーは俺の手からクッキーを取ると、俺の口元に差し出す。
空  「あ〜〜ん」
 苦笑いを浮かべながら口を開く。
 少し甘めのクッキーは歯ざわりが良く美味しかった。
空  「美味しいですよね?」
公人「うん、美味しい」
夏海「あ〜っ。クー、どさくさに紛れて何いちゃついてんのよっ」
 心配をかけまいと、明るく振舞うクーの態度が俺には悲しかった。



10-02

夏海「それじゃ、マスターご馳走様でした〜」
空  「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
益田「気にしなくていいからね〜」
 三人が店を出て行くと、店には益田一人となる。
 カウンターに隠されたディスプレイ。これは夏海も存在を知らないのだが、ボタン一つで客席からは見えない所にせり出してくる。

 そこにはマイに吊り下げられた公人の姿が映し出されていた。
益田「協定…… ルール違反か……」
 ポケットからタバコを取り出し火を点ける。
 紫煙を燻らせ画面を見つめ溜め息をついた。
益田「まったく、アイツは何やってるんだ…… くり返す訳にはいかないんだぞ」
 タバコを灰皿で揉み消すと携帯電話を操作して待つ。
益田「……忙しいとこ悪いな、ルール違反が起きた。計画遅延の可能性が出て……
    いや、これはチャンスかも知れないぞ。だが、違反者は処分対象だ」
 携帯を折り畳みしまう。そしてしばらく考え呟く。
益田「……準備はそれほど難しくないな。さぁ、ゲームの開幕だ。楽しくいこうか」
 含みのある笑いを口元に浮かべていた。



 自宅に着くと三人はリビングのソファに腰掛けた。
夏海「流石にこれだけ荷物があると疲れるわね〜」
 夏海の横には手提げ袋が一つ。中身は服じゃなかったか?
公人「俺はその何倍の荷物を持ってたと思ってる?」
夏海「男は無駄なこと言わない方がモテるわよ」
空  「公人さん、お疲れでしたら私が……」
 俺のために何かしようと立ち上がるクー。それを押し留める夏海。

夏海「クー、今日は右手を怪我してるんだから安静にしてなさい。怪我の状態が
    良ければ明日にでもたぁっぷり世話してあげればいいでしょ」
公人「そうだな、たまには夏海も良い事を言う」
 ゴゴゴという擬音が聞こえるような雰囲気で、ゆっくりと立ち上がる夏海。
夏海「……今日は公人に世話してもらうのがいいわね。食事も風呂も、ねっ!」
 そう言うと全ての荷物を手に取り二階に上がって行く。言わなきゃよかった……



10-03

 階段を下りてくると、夕飯の準備に取り掛かる夏海。
夏海「クー、公人と一緒にゆっくりしてなさい。甘えられる時に甘えとかないと
    公人は甘えさせてくれないわよ」
 痛いところを突かれる。確かに今はクーを突き放すなんて、できっこない。
 じっ、とこちらを見つめるクー。そして腕を絡めると頭を傾けてくる。
公人「腕を抱き締めるのはいいけど、右手は傷が治るまであまり動かすなよ」
空  「はい、そうします」
 そのまま夕食の時間まで興味も出ないニュースを見て過ごした。

夏海「夕食の準備終わったから来て〜」
 夏海の声でダイニングに向かう。
夏海「クーはそこ、公人はここね」
 そう言って座る場所を指定する。クーと俺が並び、その正面に夏海が座る。
空  「頂きます」
公人「いただきま〜す」
夏海「ほら、公人。クーは右手が使えないんだから食べさせてあげなさい」
公人「む?」
空  「フォークがあればこれくらい……」
夏海「ふ〜ん、クーがそう言うなら、私だけ公人に食べさせて貰おうかしら」
 真剣な表情で考え込むクー。いや、そんなに悩む問題でもないだろ。

 まぁ今日は仕方ない、とクーの口元に料理を運ぶ。
公人「あ〜〜ん」
空  「…………あ〜ん」
 もぐもぐと口を動かし飲み込む。
夏海「食べさせて貰うのはどんな感じ?」
空  「……夏海の料理が30%増しに美味しくなりました」
公人「それじゃもっと食べさせてあげようか」
空  「はい、お願いします」
夏海「待ちなさい。その前に私にも食べさせてくれるのが筋ってモンでしょ?」
 結局自分でして貰いたいから言い出したんじゃないのか……




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2006-02-09 作成 - 2006/10/12 更新
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