素クールナイン


 果てしなき宇宙に張り巡らされたエネルギーフィードの通路。
 その通路を──見た目はゆっくりでも──亜光速で走り抜ける列車型星間連絡船。
 その名は『星団鉄道 素クールナイン』

 車窓から覗く銀河の星々に視線を彷徨わせる。
 私はある目的のために、目の前の席に座る寸足らずな少年と宇宙を旅している。

「私はクーデレ…… アンニュイさを醸し出すために三点リーダーを多用する女……」
「クーデレ〜。突然そんなこと言い出されてもリアクション取れないよ〜」
 少年は眉間にしわを寄せて軽く不満を訴えてくるが私は気にしない。
 なぜならば、私はクールだから。

「フフ…… 哲朗はそんなこと気にしなくていいわ」
「その漢字を当てるのやめてくれないかなぁ。芸人と間違われそうだよ」
「フフ…… 哲朗は食いしん坊ね。いいわ、食堂車に行きましょう」
「クーデレって人の話を聞かないよね……」
 まだ何か言いたげな哲朗を立ち上がらせると、食堂車へ向かう。

 この少年を黙らせるには食べ物を与えるのが最適。
 特にラーメンを与えると涙を流して喜ぶ。
 普段からビフテキを食べさせすぎたようね。
 チープな食事の方がいいだなんて吐息が出てしまうわ。
 尤も、ビフテキを出しておけば乗客が喜ぶと思ってる鉄道会社こそ問題なのだけれど。
 たまには別の料理も味わってみたい……

「私はクーデレ…… 食事について不満を持つ女……」
「クーデレ〜。変な独白入れるのはやめようよ」
「フフ…… ごめんなさい、哲朗。私は素直だから仕方がないの」
「仕方ないってことはないと思うよ」
 取り敢えず、黙らせるためにもビフテキを食べさせないとね。

「どう、哲朗。美味しいかしら?」
 目の前のビフテキを頬張る哲朗に問いかけてみる。
 答えはわかってるのだけれど、つい聞いてしまう。
「美味しいよ、クーデレ。でも、この間食べたラーメンは最高だったな〜」
 夢見るような目付きで語る哲朗。
 またラーメンなのね…… 貴方の苗字は小池というのではないかしら。
 ビフテキだろうとラーメンだろうと、そればかり食べたがるのは問題だわ。

 食事も終わりを迎える頃、連結部にあるドアが開き、車掌さんが現れた。
「え〜、次の停車駅は〜、属性素直クール〜、属性素直クール〜。停車時間は惑星時間の
一日にあたる二十四時間になります。お降りの際は乗り遅れにご注意下さい」
「属性素直クール?」
 哲朗はいつもの口調で私に説明を求めてくる。
 どんな属性だろうと『属性の歩き方』を鞄に忍ばせている私に答えられないものはない。
 これは私もよく知っている属性であるのだけれど……
「哲朗、素直クールの女には気を付けなさい。決して顔を見せたり優しくしては駄目よ」
「どうしてだい、クーデレ?」
「彼女たちに見初められた男性は死ぬまで解放される事はないわ」
「そこまで愛してもらえるなら悪い気はしないけどなぁ」
 哲朗、貴方はまだ理解していないのね。

 属性素直クールの停車駅に素クールナインが停車する。
 しかし、降りる人も乗る人もいない。乗客は私たち一組だけ。
 なんて不経済なのかしら。
 駅を出るとパン屋が軒を連ねていた。視界一面に広がる『あんパン』の文字。
「クーデレ〜、あんパンばかりだね〜。ラーメンはないのかなぁ」
「あんパンはこの属性の特産品よ。でも、それは食べるためじゃない。男に使うため……
哲朗。例えラーメンが食べたくてもホテルまでは我慢しなさい」
 そう言って広いつばのある帽子を目深に被らせる。
 ここで目立つ訳にはいかないわ。どこに素直クールが目を光らせてるかわからない。

 警戒心など微塵もない哲朗は、ラーメン屋を探して左右を伺っている。
 今回も一悶着起きるのは避けられないのだろう。
「私はクーデレ…… 苦労が絶えない女……」
「あ、ラーメンの屋台だ! クーデレ、先に行ってるよ!」
「ま、待ちなさい。哲朗っ」
 私が止めるのも聞かず、走り出す哲朗。
 こんな時は走るのに邪魔なロングコートを着ているのが嫌になる。
 でもこれは私のアイデンティティー。お色気シーン以外では脱げない。

 ラーメンを注文したらしい哲朗は、屋台の椅子に座り、割り箸を手に踊りだしそうな
雰囲気でテーブルにしがみ付いている。
 先の展開が読めた私は、体力を温存すべく走るのをやめ、歩いて屋台を目指す。
「哲朗、私の分も注文してくれたのかしら?」
「そういうと思って二つ注文しておいたよ」
 帽子を傍らに置き、ラーメンが出来上がるのを待っている哲朗。
 その隣の席に座り正面を向く。
 早い、展開が早すぎる。この雰囲気は素直クールそのものだわ。
「哲朗、時間がないわ。行くわよ」
「ちょっと待ってよ。もう少しでラーメンが食べられるんだよ」
「待たせたな。ラーメン2丁出来上がった……」

 屋台に嫌な沈黙が流れる。
 あぁ、来る…… この沈黙は爆弾発言の前に必ず訪れるあの溜めだわ。
「好きだ、結婚してくれ」
 お決まりの台詞に、ラーメンを食べようとしていた哲朗の手から箸が落ちる。
「さぁっ、素クールナインに戻るわよ。哲朗!」
 素早く荷物を手にすると、哲朗の手を引いて駅に駆け出す。
 背中に迫る気配と、威嚇のために撃ち出されるレーザーが周囲を色めき立たせる。
 パン屋に群がる人々。
 主人公属性を持たぬ悲しき者達の怨嗟が聞こえてくるよう……

 もう少しで駅に辿り着くというところまで来て、別の素直クール達が正面に立ちふさがる。
「そこの女。その男を渡したまえ」
 そんな気は毛頭ない。
 間髪入れずに、指輪に仕込んだレーザーで素直クール達を打ち倒す。
 しかし、流石は基本性能の高い者達が多いだけはある。殆ど当たらない。
「殺したのっ?、クーデレ!」
「安心しなさい、哲朗…… 最弱にセットしてあるから気絶するだけよ」
 命の危険はないものの、捕まればこの属性から抜け出せないのに優しい男ね。
 素直クール達に囲まれ、絶体絶命のピンチだというのに……
 屋台にいた素直クールが、間合いを取りつつ口を開く。
「クーデレ? 今時この属性をクーデレと呼ぶ者などいない」
「そう? 名前なんて関係ないわ」

 その台詞に緊張が緩んだ一瞬の隙を突き、レーザーを撃ち出して駅に飛び込む。
 改札を飛び越え、素クールナインの停車するホームに着く。
「待ってくれ。君は一体……」
 後からかけられる声に振り向くと、私は口を開いた。
「私はクーデレ…… 過去の幻影。手法を模索し、探求の旅を続ける女……」
 その言葉を聞いて力なく膝をつく素直クール。

「あの人達なんか可哀相だったね……」
 ポツリと言葉を紡ぐ哲朗。
「仕方ないわ。旅を続けるには彼女達の願いを聞き入れることはできない……
それに心配する必要はないわ、哲朗。あんパンにしがみ付くのを辞めた男達から
新たなる主人公属性を持つ男が現れるのよ」
 車窓から属性を見守る哲朗。立ち上がると私の腕を取る。
「クーデレ、ビフテキを食べよう! ラーメン食べ損なってお腹すいちゃったよ〜」
 私は哲朗とともに食堂車へ向かう。
 旅はまだまだ続くのだ。
「私はクーデレ…… 永遠の誓いを手に入れるために旅する女……」





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2006-05-27作成
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