今年は例年にない大雪で、普段なら殆ど雪が降らないこの町も、純白の世界に変貌していた。
雪が降り積もるのも珍しければ、俺がこんな朝早くに目を覚ますのも珍しい。
あまりの寒さに掛け布団を被ったまま、部屋の隅に置かれたファンヒーターに火を灯す。
ベッドに戻り横になろうとしたが、敷布団はすでに冷たくなっていた。
まぁ仕方ないと呟きつつ、部屋の窓から外を眺めてみる。
見慣れた風景が白く塗りつぶされ、自分の住む町をまったく違う町に見せていた。
珍しいものでも見るようにしばらく眺めていると、見知った人影が歩いているのを発見する。
「あいつ何やってるんだ……」
うつむきながら道をゆっくりと進む少女。クラスメイトのクーだ。
クラスでは特に目立つ方ではないが、不思議系ボーイッシュで隠れファンも結構いたりする。
俺も、気になるヤツだと思ってるクチだが。
その普段と同じような、違うような雰囲気が気になりだす。
「……特にする事ないし、休日にクラスメイトと親睦を深めるのもいい事だ。うん」
一人呟くと手早く身支度を済ませ、外に飛び出した。
幸い外は一面の雪。しかも早朝ということもあり、クーの足跡がハッキリと残っている。
その足跡を目印にして道を進む。
足跡は近所の公園まで続いていた。そして、ゆっくりと雪の中を歩き続けるクー。
その神秘的なたたずまいに見惚れ立ちすくむ。
「あれ、男君? おはよう」
「お、おはよう」
急に方向転換したクーと目が合いうろたえてしまった。
「キミも散歩してるの? ボクは久し振りに散歩してるんだ〜」
少しどもってしまった事もあり、声を整えつつ頷く。
「あれ? 顔が紅いよ。あ、そうか。今日は寒いからね」
「え? 顔、紅くなってる?」
咄嗟に手を頬に当てる。確かに熱を帯びてる……
クーの手が伸びてきて頬に当てられる。
「ホントに熱があるみたい」
瞬間、顔から発火したような熱を感じた。
「あ、真っ赤」
「いきなり顔を触ってくるからビックリしたんだよっ」
「そっか、ごめんね〜」
クーは目尻を軽く下げ、微笑む。その可憐な笑顔が白銀の世界を、より輝かせる。
「そんな事より、クーはこんな所で何してるんだよ」
顔を見られないように横を向き、問いただす。
だが、心を見透かされたような気分になり、ぶっきらぼうな口調になってしまう。
「ボクはさっきも言ったとおり、散歩。キミの答えは?」
「え、答えって?」
既に顔を見られないように横を向いていたことも忘れ、クーを見詰める。
目尻は下げたまま、冷静な表情で口を開く。
「だから。キミはここで何してるの?」
「……散歩」
「そっか」
納得したように頷くと、クーは腰を屈め雪を手に取る。
サラサラとした雪はクーの手のひらからこぼれ、光を反射する。
「綺麗だよね」
雪をもてあそびながら呟く。
「…………うん」
クーは勢いをつけて立ち上がると、上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。
突然の行動にたじろぎ、後に下がろうとしたところで雪に足を取られバランスを崩してしまう。
「あ、あぶない!」
俺に向けて手を伸ばしてくるクー。しかし、その手を掴むことなく倒れこんでしまう。
「あ〜ぁ、大丈夫?」
「だ、大丈夫。下は雪だから全然痛くなかったし」
「よかった」
クーはにっこりと笑顔を向けて手を差し出してくる。
その手を掴むと慎重に立ち上がろうとした。だが、クーは引っ張り上げる途中で体勢を崩す。
そのまま二人して雪に埋もれてしまう。
「大丈夫か、クー!?」
俺の胸に顔を埋めるように倒れこんだクーは、顔を上げると笑い出した。
「あはは、ボクは大丈夫。キミは痛いところない?」
「俺も大丈夫」
そのままの体勢で顔を覗き込んでくる。
「な、なんだよ……」
「やっと普段どおりになったかな?」
「何がだよ」
「さっきから変に緊張してるから、どうしたのかなぁって」
確かに普段とは違うクーを見て、少し態度が硬かったのかも知れないと気付く。
「こうして抱き付いていれば普段どおりのキミになってくれる?」
「そ、そんな事しなくても普段どおりになるって」
「でもダメ。ボクはこっちの方がいい」
そう言って背中に腕を廻してくる。
当然全身から熱が噴き出す。首から上は既に真っ赤になってるだろう。
「照れてるね」
「当たり前だろ!」
「でもね、離してあげない。折角のチャンスは無駄にしたくないから」
そう言って腕に力を込めるクー。
「……チャンスって何だよ」
「まだ分からないんだ〜。そういうところも好きだな」
世界を白く染める雪がまた降り始める。そこは幻想的な白銀の世界。