陸海空 -Caress of Venus-



NEO UNIVERSE -II-


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21-01

空  「……さとさん、起きて下さい。」
 いまだ明けぬ暗闇の中、耳元でクーの柔らかな声が聞こえてくる。
夏海「わたしもね〜む〜い〜〜〜」
 腕に抱き付くように顔をこすり付けてくる夏海と、軽くのしかかってくるように肩を
揺らしてくるクー。
 半覚醒状態のまどろみの中で、かろうじて意識を保っていられるのはその声のおかげだ。

空  「仕方がありません。このような手段は使いたくなかったのですが、非常事態です」
 柔らかく暖かいものがのしかかってきたと思う間もなく、首筋を何かが這い回る。
夏海「〜〜っ! クーッ、一人だけ楽しもうなんて許されると思ってるのっ!」
空  「不本意ですが、これは公人さんのためなのです」
 夏海の声と、今にもスウェットを脱がそうと這い回る手の感触に、慌てて目を覚ます。

公人「ちょ、やめろっ。何してるんだ、クー!」
空  「黙ってて下さい。今はこうするしか方法はありません」
夏海「公人はもう起きてるわよっ、手段と目的をはき違えてるじゃないの!」
空  「手段のためなら目的なんて選びません」

 ヒーターで温められた寝室に気化式加湿器の発する音が静かに響く。
 電灯だけが唯一の光源である寝室のベッドに座り込む三人。
 む〜〜とでも言い出しそうに唇をゆがめ、クーは恨みがましい瞳で見詰めてくる。
公人「こんな時間に起こして一体何するつもりだったんだ?」
空  「初日の出を見ると言い出したのは公人さんです。私はその望みを叶えるために、
    日も昇らぬ時間からヒーターで部屋を温め──」
 まだまだ長引きそうなクーの発言を、夏海は手で制する。
夏海「そんな事どうだっていいわ。問題は抜け駆けして一人で楽しもうとした事よ!」
 夜明け前から巻き起こるトラブルに軽いめまいを感じた。



21-02

 いつも通り二人をなだめた後、リビングでテレビを流しながら準備が終わるのを待つ。
 まさに新年初笑いといった感じの番組をぼ〜っとながめる。
 ほんの一ヶ月前ならば笑えたであろうテレビ番組も何か物足りない。
 ただ騒がしく、心休まる時のない日々が、確実に自分の中の何かを変えてゆく。

空  「お待たせしました」
夏海「クーと話し合ったんだけどさ〜、高台の公園辺りなんかいいんじゃない?」
公人「ん〜。結構時間がかかった──」
 想定していなかったと言えば嘘になるが、ソファ越しに振り返った先には振り袖を着た
二人が微笑んでいた。

 華美な図柄が施された振り袖という点は同じだが、夏海は華麗に、クーは品格高くと、
それぞれの個性を強調するようないでたちで現れる。
 その場にいるだけで周囲の目を引き付ける魅力。
 むしろ、人の目を気にしないからこそ抜きん出る自然体の美貌が、振り袖によって調和の
取れた美の化身へと変化させていた。

夏海「なに呆然としてるのよ。美しすぎる私たちを見て惚れ直した?」
公人「……あぁ、あまりにも綺麗なんで驚いた」
夏海「聞くまでもなかったわね」
 夏海は当然だと言わんばかりに胸を張り、得意げな表情を浮かべる。
 前言撤回。コイツは周りの視線を常に気にしている。
空  「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」
 つつつ、と近づいてくるクーの襟首を摘み引き止める夏海。
空  「夏海、離して下さい。今、この喜びを公人さんと分かち合い──」
夏海「時間ないから行くわよ」

 深い藍色の空が徐々に白み始める中、公園へと車を走らせる。
 車の中でも二人はテンションが高い。
 苦笑いを浮かべつつ二人のやり取りを聞いていた。



21-03

公人「見晴らしのいい公園なのに誰も来てなさそうだな」
夏海「この街にある神社も見晴らしいいところにあるからじゃない?」
空  「私は公人さんとの一時を邪魔されなければどこでも構いません」
 日はまだ昇っていないが、明け方のまばゆい光が世界を彩り始める。
 二人の静かだけれども想いのこもった微笑み。
 左右から手を引かれて展望台に向かう間も頬が緩むのを押さえられなかった。

 肌を刺すような冷気の中、白い息を吐きながら楽しげに笑う。
 二人とも振り袖の他はショールしか身に着けていない。
公人「二人とも寒くない? しばらく車の中にいれば良かったな」
空  「少しくらい寒くとも、こうしていられる方が好きです」
 そう言うと、俺の腕を抱き締めるように軽く力を込める。
 ふと、こちらを伺うようにしていた夏海と目が合う。そして満面の笑み。
 もう片方の腕をしっかりと拘束していた手を離すと、ん〜〜、と咽から声を
出しながら、俺の身体に抱き付いてくる。
夏海「公人〜、私寒い〜〜。暖めてくれないとス──っと意識が遠のいちゃうかも」
公人「……夏海。寝たふりしても全然説得力ないぞ」
 気絶するかのように首の力を抜くが、腕の力は一切抜いてない。

 それを見たクーは、む〜という唸り声をあげると二人の間に割り込むように腕を
差し入れてくる。
空  「願ってもいないチャンスですね。私は今のうちに甘える事にします」
 そう言うと、嬉しそうな表情を浮かべて頬ずりし始める。
 視界のはしに映る夏海がかすかに引きつる。
公人「クー。嬉しいんだけど、それくらいにしてくれると俺としても色々助かるんだけど」
 クーはその声に顔を上げると、無垢な瞳でまじまじと見詰めてくる。
空  「公人さん、少しかがんで貰えませんか?」
公人「ん。 どうかした?」
 クーは腕を上に滑らせてくると、その両手を俺の頬に当てる。
空  「冷え切ってしまったみたいですね。頬が真っ赤になって痛々しいです」



21-04

 クーは俺の頭を抱きかかえるように引き寄せると、頬ずりして暖めようとする。
公人「いや、さすがにコレは恥ずかしいから」
空  「気にしないで下さい。今ここで起きているのは二人きりです」
 耳元で優しくささやくクーの言葉に反応するかのように膨れ上がる漆黒の波動。
 今や夏海の身体は、隠し切れないくらいに小刻みに震えている……

夏海「……クー。新年早々、私にケンカ吹っかけるなんていい度胸ね」
 ゆっくりとした動作で夏海は身体を起こすと、軽く間合いを取る。
公人「お、おい。ホントに新年早々変な事するなよ……」
 全身の力を抜き不敵な笑いを浮かべる夏海。
 クーは頬ずりする事を止め、そちらに顔を向ける。
空  「夏海。反対側の頬も寒そうです」
 そう言って俺の頬をつつくクーを見て、夏海は困ったような笑顔を向ける。
夏海「仕方ないわね。私がそっちを暖めてあげるから覚悟しなさい」
公人「覚悟って、変な事しないだろうな」
夏海「ホント公人は馬鹿ね。私が変な事するわけないでしょ」
 夏海はまるで見当違いなことでも聞いたかのように素で返す。
公人「今までの行動って、夏海にとって普通だったのか……」
 愕然とする俺に微笑む夏海。
 その笑みに背筋が凍りそうになった。


 初日の出を拝むために来たはずなのに、なぜか俺は左右から頬ずりされている。
 しかも吐息が耳に当たって気持ちい……、くすぐったい。
夏海「あら、寒さで耳まで真っ赤になってるじゃない」
 その言葉とともに柔らかく暖かいものが耳に押し付けられる。
公人「耳を噛むな────っ」
空  「公人さん。耳元で叫ぶのは頂けません」
公人「ご、ごめん」
空  「謝っても許してあげません。罰として私もそれをします」



21-05

 言い終わるや否や、もう片方の耳もクーによって咥えられる。
公人「ごめん、俺が悪かったからそれだけはやめてくれ……」
夏海「耳が痛くて聞こえないわね」
空  「駄目です。私も軽く難聴気味なので聞こえなかった事にします」
公人「あ、太陽が見えてきた! 初日の出、初日の出〜〜〜」

 苦労して二人を引き離して三人で初日の出を眺める。
 左右から拍手を打つ音が聞こえた。俺もそれにならって拝む。
 この二人が幸せでいられるように。そして、願わくば俺に被害が来ないように。


 袖を軽く引かれてそちらに目を向けると、クーが軽く目を輝かせている。
公人「ん、なに?」
空  「朝日の中で見る振り袖は如何ですか?」
 そう言うと数歩後退し、軽く腕を広げてゆっくりと回転する。
 振り袖の刺繍がまばゆい光できらめき、クーの浮世離れた雰囲気と相まって、まるで
光を纏った妖精のような雰囲気を醸し出す。
公人「……綺麗だ。クーによく似合ってる」
空  「とても嬉しいです。ところで、綺麗に着飾った私とキスしたくなりませんか?」
 年上とは思えないような、相変わらずの反応に自然と笑いが漏れてしまう。
 笑われた事で軽く唇をゆがめたクーを引き寄せると、ゆっくりと優しく唇を重ねる。

 今回は途中で夏海の邪魔が入らなかったことが気になった。
 が、顔を上げると目の前に満面の笑みを浮かべた夏海が立っていた。
夏海「私の振り袖姿はどうかしら? 決してクーに劣ってはいないと思うけど」
 確かにきらびやかな振り袖だが、それに負けないだけの人を引き付ける魅力が
夏海にはある。あらゆる存在を取り込んで自分の魅力としてしまう強烈な個性。
公人「その振り袖を着こなせるのは凄いな。とても素敵だ」
夏海「で、その素敵なお姉さんにはキスしてくれないのかしら」
 人差し指で自分の唇を数度触れると、夏海はにこやかに微笑んだ。






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2006-07-27作成 2006-07-31更新
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